いつから天皇と呼ばれた?【古事記・日本書紀】

日本史

今回は、天皇の始まりについてメインに解説します。

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わかった気になれる、天皇のはじまり

そもそも天皇は、大和政権での大王(おおきみ)が、いつしか天皇と呼ばれるようになりました。

  • 大王 → 天皇

7世紀ごろの天武天皇あたりから、大王から天皇と呼ばれるようになりました。
大和政権の連合国家から、中央集権国家という形で治めたということで、改めて天皇と呼ばれるようになりました。

初代天皇はいつ?

となると、今度は初代天皇は誰で、どんな歴史を持つのか、ということが疑問になります。

こちらは、古事記や日本書紀に書かれている神話に書かれている内容になります。

初代天皇は神武天皇で、太陽の神であるアマテラスの子孫であることが分かります。
神話の内容は、古事記と日本書紀で若干違うようですが、内容は以下のようになります。

イザナギとイザナミによって、日本列島が作られ、神々(アマテラス、ツクヨミ、スサノオ)が生まれる。
そして、スサノオが地上に降り立ち、地上で女性と結婚し、子を作り、その子孫であるオオクニヌシが日本を治めることとなる。
その後はアマテラスの子孫であるヒノホニニギが地上に降り立ち、オオクニヌシから国を譲り受け、その後日本を支配することとなる。

ヒノホニニギはアマテラスの子孫であり、ヒノホニニギの曾孫にあたるのが、初代天皇の神武天皇というわけです。
大事なのは、天皇はアマテラスと結びつけられて伝承されていたということです。しかしながら、初代から9代目までの天皇は、神話によって生み出された可能性が高く、実在性が低いといわれています。

まとめると、

  • アマテラス …→ヒノホニニギ …→ 神武天皇 …→以下、現在までの天皇

実在性が高い天皇は、第10代の崇神天皇からです。
神武天皇が亡くなったときに贈られる名前や、事跡が類似していることから、10代の崇神天皇を初代のモデルにしたのでは、といわれています。

古事記と日本書紀の違い

古事記と日本書紀は似ていますが、目的が違います。

日本書紀は、対外向けの日本の歴史書のために作られました。
つまり、外国に対して『日本の国の歴史はこんなものですよ』と説明するために作られました。要するに、日本国家の記録です。文字も漢文で書かれていて、中国・朝鮮半島に向けに作られた書物であることが分かります。

古事記は、国内向けに作られた歴史書で、漢文と大和言葉を用いて書かれています。
そして内容は物語調になっており、日本国民に天皇の神秘性・正当性を高めるために書いたと思われます。

日本書紀も古事記も、天武天皇が編纂を命じたものでした。
それまでにも歴史書や天皇家の家系に関する書がありましたが、間違いが多々あり、一度それらの書を焼き払い、日本書紀や古事記を編纂したそうです。
(反対に、天武天皇が都合の良いように書き換えた、とも言われています。)

まとめ

  • 大和政権時代のトップである、大王が元になっている
  • 初代天皇は神武天皇だが、実在性は低い